Vol.14
私たちが届けてきた
『あたたかさ』とは

写真左:甲子園阪神パーク(1950年代)
写真右:プログラボカップの様子
大運動場開きは学童体育大会
昨年100歳を迎えた阪神甲子園球場(竣工時は甲子園大運動場)は、1924年8月1日に竣工しましたが、幕開きは野球ではなく、阪神間の小学校から集まった2,500人の児童による阪神間学童体育大会でした。戦後の1951年からは西宮市の公立中学校の連合体育大会(中連体)が、1957年からは同市の公立小学校の連合体育大会(小連体)が開催されており、世代を超えて地元の子ども(宮っ子)たちの思い出の場となっています。

甲子園大運動場開き(阪神間学童体育大会)(1924年)
沿線の子どもたちの楽園だった阪神パーク
「阪神パーク」の歴史は、阪神大博覧会の後を受けて1929年に開業した甲子園娯楽場から始まります。1932年には阪神パークと改名し、子どもの楽園を目指して、浜甲子園一帯の約3万坪に動物園、遊園地、水族館が設置されていました。戦後、球場の近くに場所を移し、1950年に2代目の阪神パークを開園。動物園・遊園地のほか、子どもたちの情操を高める目的で児童会館も設置しました。1952年には私設遊園施設としては全国で初めて、文部省(当時)から博物館相当施設に指定されました。

阪神水族館(浜甲子園阪神パーク内)(1935年頃)
いつの時代も子どもたちの健やかな成長を願って
2011年、子どもたちが校門を通過した情報を保護者にお知らせし、保護者に安心感と利便性をお届けする阪神あんしんサービス「登下校 ミマモルメ」をスタート。2016年からは、子どもたちの考える力、やり抜く力を育てるロボット・プログラミング教室「プログラボ」の展開を開始しています。また、2018年からは、子どもたちが野球やチアダンスを楽しく学べる「タイガースアカデミー」も開講しています。阪神グループはいつの時代も子どもたちの健やかな成長に寄り添い続けます。

タイガースアカデミー
120th アナザーストーリー
夏休みの子どもたちで賑わった
甲子園海水浴場&デラックスプール
阪神電気鉄道は、甲子園の大規模開発を行っていた1925年、甲子園浜に甲子園海水浴場を開設します。甲子園阪神パークの象・キク子も海水浴に訪れて子どもたちを楽しませるなど、多くの海水浴客で賑わっていましたが、高度経済成長とともに海水汚染が進んだ影響で、1965年6月をもって閉鎖せざるを得ない状況に追い込まれました。その代替施設として、1964年6月、甲子園阪神パーク内に開設したのが「デラックスプール」です。造波プール、ジャンボスライダー、ウォーターコースターといった人気の施設に加え、特設ステージではキャラクターショーやアイドルのミニコンサートも行われるなど、駅・住宅地に近接する大きな屋外プールとして、子どもから大人まで、多くの来場者で毎夏賑わいを見せていましたが、1995年1月の阪神・淡路大震災により損傷。同年8月、「甲子園ビーチプール」として再出発しましたが、2002年9月をもって営業を終了しました。跡地は駐車場となり、最終年に同プールで遊んでいた子どもたちが立派な大人になるほどの時が過ぎましたが、デラックスな夏のプールの思い出は、多くの人の記憶の中に残り続けることでしょう。






